行動経済学が解明を目指す「幸福」の正体


行動経済学が解明を目指す「幸福」の正体


 



近年の経済学は、主観的な幸福度も研究している(写真:Syda Productions / PIXTA)



たとえば、寄付やボランティアをして、独特の幸福感を得た経験がある人は多いはずだ。経済学的に見れば、金銭的にも時間的にも「損」をしているのに、である。



経済学はこれまで、経済的な損得勘定を中心に幸福について考察してきたのだが、特に超高齢社会では、寄付やボランティア、また家族や地域での助け合いが重要になっていくとすると、幸福について考え直す時期に来ているようである。このことについて、経済学は何を語っているであろうか。



幸福の経済学とは何か



経済学では、最近になってようやく、主観的幸福度のデータを用いた幸福の経済学が発展してきた。具体的には、「一般的に言って、あなたはどのくらい幸せですか?」あるいは「あなたの生活にどの程度満足していますか?」というような質問に対する回答を主観的幸福度として用いている。これが、幸福の経済学の分析方法の主流をなしている。



幸福の経済学では、主として「幸福」を3つのグループに分ける。感情としての幸福感、生活満足度、エウダイモニアである。の感情としての幸福感は、瞬間的あるいは一時的な喜び、悲しみ、怒りなどのさまざまな感情の頻度と強度に関わる感覚である。



の生活満足度は、自分の生活の消費と余暇の状態を評価する伝統的経済学で研究されてきた「効用(Utility)」の概念にほぼ対応すると考えられており、人生や生活全般などについての評価で捉える「幸福」である。



のエウダイモニアは、前4世紀の哲学者のアリストテレスが論じたもので、本稿の目的のためには、使命感や利他性を獲得した人が共同体への貢献を喜ぶ幸福と言える。



本稿では、まず幸福の経済学の研究成果からは、われわれ現代人には物質的な生活満足度を求める誘惑が大きいが、エウダイモニアを求めることでより幸福になれると考えられることを説明したい。そしてエウダイモニアを経験するためには使命感と利他性が重要と思われること、これらは大人になってからでも獲得できるが、子どものときからの教育が可能だし有効と思われることを説明する。



赤ちゃんはお腹が満たされたら生活満足度を感じていると考えられるが、エウダイモニアは成長して学ぶものである。お母さんのお手伝いをして家族共同体に貢献することを喜ぶようになる子どもも多くいると思われる。しかし、一人でゲームをする楽しみの誘惑があまりに大きいと、お手伝いを早く終えてゲームをしたい気持ちが大きくなりすぎて、貢献する喜びをほとんど経験することなく成長する場合もあるかもしれない。



物質的な満足度への誘惑が大きいわれわれ現代人は、エウダイモニアの経験が不足している場合が多いようである。このことを示す実験の例は、贈与や寄付などの行動が幸福度に与える影響の因果関係を調べたブリティッシュ・コロンビア大学の心理学者のエリザベス・ダンとハーバード大学のマーケティング学者のマイケル・ノートンらが、2008年に『サイエンス』誌に発表した研究である。



この実験はノートンのTEDのスピーチ「幸せを買う方法」でも説明されている。この実験では、5ドルか20ドルを参加者に朝に与えて午後5時までに、使うように指示した。それぞれのグループは無作為にさらに2グループに分けられ、一つのグループは自分のために、もう一つのグループはほかの人のために使うように指示された。ほかの人のために使うほうが、幸福度が有意に上昇した。5ドルか20ドルかという金額は、幸福度の上昇に有意な影響を与えなかった。



この研究では、さらに同じ大学の別の109人の学生たちを対象に、先の実験の4つの条件で、どの条件なら自分が最も幸福になるか予測させた。学生たちの予測は2重に誤っていた。統計的に有意なより多数の参加者たちが、自分のためにお金を使うほうが、ほかの人たちのために使うよりも自分は幸福になると予想し、また、20ドルを使うほうが、5ドルを使うよりも幸福になると予想した。



学生たちは自分たちの幸福度の決定要因について、正しく予測していなかった。この研究は共同体に貢献する充実感としてのエウダイモニアを経験して気づくことが大切であることを示していると考えられる。



東日本大震災で起きた幸福度の変化



寄付をすると幸福度が上がるということは、日本でも観察されている。筆者は石野卓也(現・金沢星稜大学)、亀坂安紀子(青山学院大学)、村井俊哉(京都大学)と、東日本大震災前後の幸福度と利他性の変化について研究した。その内容は、瀬古美紀(現・武蔵野大学)編の『日本の家計行動のダイナミズムVIII』 の第9章に収録した。



意外なことに、震災後に幸福度が変化した人々の中では、多くの日本人の幸福度が上昇した。震災後に多くの人々の利他性が上昇して寄付をした。寄付をすることにより幸福度が上がる、というダンらの実験と同様なことが起こったと考えられる。



自分のためにお金を使っても幸福になるわけではないということは、幸福の経済学で有名なイースタリン・パラドックスにも関係していると思われる。イースタリン・パラドックスとは、幸福の経済学の先駆者のリチャード・イースタリンが1974年に発表した論文で発見したものだ。一時点のデータを見ると、所得の高い人たちのほうが、幸福度が高い傾向があるのに、一国が経済成長して所得が上がっていっても、幸福度はほとんど変化しない、というパラドックスである。



大竹文雄・白石小百合・筒井義郎の『日本の幸福度―格差・労働・家族』(2010年、日本評論社)によると、1958年から1998年の40年間で日本の実質GDP(国内総生産)≒所得 は6倍ほど増加したのに、生活満足度の上昇が見られなかった。



イースタリン・パラドックスの有力な説明は、生活満足度は消費の絶対額ではなく、自分の消費額と参照点(たとえば、自分の周りの人たちの平均消費額)との差で決まる、というものである。短期的には消費が上がると生活満足度が上がるが、長期的には一国の所得や消費が上がっても、参照点が上がっていくだけで生活満足度は上昇しない、と考えられる。



物質的な生活満足度を得たくなる誘惑に勝って、エウダイモニアを経験するために特に重要と考えられるのが、使命感と利他性である。伝統的経済学の基本的なモデルの労働観では、仕事をすると余暇が下がって効用(満足度)が下がるのだが、賃金を得て消費をするためだけに働く。この労働観には、使命感や利他性からのエウダイモニアの余地がない。



しかし、利他性について、実験経済学や行動経済学で多くの研究の蓄積がある。私企業の労働者の使命感については経済学の研究はまだほとんどない。しかし最近の経済学(特に教育の経済学)では、従来重視されてきた知能指数や学力などの認知能力だけでなく、意欲や目的を長期的にやりぬく力、忍耐力や利他性などの非認知能力が重視されて研究が進んでいる。最近の幸福の経済学でのエウダイモニアの研究とあわせて、使命感と利他性の経済学研究の今後の発展が期待できる。



まず使命感については、自分の人生に夢や希望を持つことから、人生の目的と志を持つようになり、目的に対して使命感が生じてくると思われる。この使命感の基礎となる「希望」について、東京大学社会科学研究所が2005年度から始めた希望学のプロジェクトの成果の一部を、経済学者の玄田有史が著書『希望のつくり方』(岩波新書、2010年)にまとめている。



この本の3章で印象的な一人の青年の物語が紹介されている。彼は野球が好きでプロ野球選手になることに憧れ、毎日野球にあけくれていたが、高校のときに自分の実力ではプロにはなれないと知って希望を失ってしまった。高校を卒業して以来、ずっと仕事をしてこなかった彼が、就職支援を行う女性を訪れた。会話の中で、野球を好きになったきっかけがプロ野球を初めて見に行ったときで、そのときの芝生の美しさを想いだし、彼は好きな野球に関わるために、芝生を植え付ける職人になることに希望を修正させていくことができた。



研究が好きで大学教授になってから学生を教えることに使命感を持つようになった人を知っている。彼は使命感を持ってから充実感と喜びを持って教えている。彼の場合も仕事の目的がより広く修正されている。このように使命感を持つことは、大人になってからでも希望や目的の修正によって学ぶことができるが、子供のときから使命について適切な教育を受けることができれば、さらに望ましいであろう。



使命感を育てる教育プロジェクトもある



使命感を持つためには、自分の人生の志や目的を探究することが必要である。今年2月に38歳で就任した柴橋正直・岐阜市長に2014年に研究のためにインタビューした際、ご自身が会員であるNPO法人岐阜立志教育支援プロジェクトの活動についてお話を伺う機会があった。



小学生や中学生が、自分はこういうふうな大人になりたいといった「お役立ち山」を描いて発表する、といった活動をされている。これは、たとえば英語教育を小学生から充実させるようなときに、「就職に有利だから」というようなことではなく、「世界で困っている人のために働きたい」というような、人生の志・目的・夢のために必要だから、ということを考えていくことを教育するプロジェクトである。



次に利他性について考えてみよう。シカゴ大学の経済学者のケーシー・マリガンは、1997年の著書で親が子供と長く時間を過ごすほど家族内の利他性が増すことの証拠を挙げている。



上述のように東日本大震災を契機に利他性が増した証拠がある。このように利他性も大人になってからでも獲得していくことができるが、使命感と同様、子供のときから利他性が増すような適切な教育を受けることができれば、さらに望ましいであろう。



反競争的な教育は利他性に逆効果?



伊藤高弘(神戸大学)・窪田康平(現・中央大学)・大竹文雄(大阪大学)の「隠れたカリキュラムと社会的選好」の研究では、小学生のときに参加・協力学習を経験したものは利他性が高くなり、反対に運動会の徒競走で手をつないでゴールするような反競争的な教育を受けたものは利他性が低くなる傾向があることを示唆する実証結果を得ている。



参加・協力学習についての結果は実際にグループで協力してエウダイモニアを経験することが重要であることを示していると思われる。反競争的な教育は、おそらく利他性を増すことを期待して行われるものであろうが、皮肉なことに逆の結果となっている。これは、受験競争という競争がある日本で、運動会の競争をやめると勉学だけの均質的な価値観が生じやすいからではないだろうか。



いろいろな分野で共同体に貢献する人たちが利他性を持つためには多元的な価値観が必要で、そのためには多くの分野での誠実な競争はむしろ望ましいのであろう。



前回記事「超高齢化社会では『共同体メカニズム』が重要だ」で書いたように、筆者は今後の日本で共同体メカニズムの活用が重要になると考える。共同体メカニズムの活用のための原動力がエウダイモニアで、そのために特に重要なのが、使命感や利他性についての教育だと考える。



このような教育が国や地方自治体の政策として発展すれば望ましい結果が得られるであろう。また、われわれ一人ひとりが、使命感と利他性を獲得していくように生きて、お互いに励ましあい、充実した善い生き方を子供たちにも身近な例として見せることができれば、日本の未来は明るいと信じる。



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